すし職人もリモート修業?「飯炊き3年、握り8年」は変わるか(えんがわ劇場 第225号)

すし職人になるための技術をすきま時間に学べる「日本寿司リーディングアカデミー」が3月開校した。平日は有名店の大将による実演動画を使ったリモート学習、週末はすし店での実地研修をこなす3カ月の短期養成プランだ。世界的なすしブームですし職人は引く手あまたである一方、一人前のすし職人になるには「飯炊き3年、握り8年」といわれる長い下積みが必要とされてきた。短期集中型の「リモート修業」ですし職人を目指すのは、セカンドキャリアとして「あり」なのか?

腕利きのすし職人が解説を加えながらゆっくりと魚介類をさばいてみせる。日本寿司リーディングアカデミーが制作した実演動画だ。魚の構造の解説や最新の論文情報を加えた800ページものカラーテキストや、座学用の動画もある。受講者は平日のすきま時間にテキストや動画で知識を学び、帰宅後は自宅キッチンで宅配された魚をさばき、すしを握る。週末は、有名すし店を訪問して、職人の手ほどきを受ける。

1回2時間超の動画によるリモート学習が50日分、店舗研修は全10回で、これらを3カ月でこなす。期間中に扱う魚介類は30種超(50万~65万円相当)で、学費は税込み88万円。店舗研修がないオンラインだけのプラン(同44万円)もある。

実演動画に出演する講師は、予約がとれない店として知られる「すし匠 齋藤」の齋藤敏雄氏や、会員制すし店「鮨(すし)佐がわ」の佐川雅温氏ら有名店の大将が務める。アカデミーの修了者向けに、国内と海外の有名店での1カ月~1年のインターン制度も設けている。

農林水産省によると、海外における日本食レストランは2006年の約2.4万店から、19年に約15.6万店まで急増した。新型コロナウイルス禍の21年も約15.9万店と増加基調を維持している。

世界的なブームで沸く中、すし業界では人手不足が深刻化している。すし店からすると、若手職人を教育しようという動機が乏しくなっており、店舗増に育成が追いついていないのだ。

従来、一人前になるまでの修行期間は「飯炊き3年、握り8年」といわれてきた。おいしくご飯を炊くには、四季で変わる温湿度、米の収穫の時期に合わせて、火加減や水分量、浸水時間を変える必要がある。この習得に3年かけ、高級すし店では4年目からようやく握りの修業が始まる。大将をサポートしながら修業を積み、ひいきの客の覚えがめでたくなる8年目ごろに、ようやく職人として認められるという流れだ。

リモート動画講師の佐川氏は、15歳で修業を始めて30歳代半ばで「鮨佐がわ」の大将となった。佐川氏は「技術の習得が難しいというより、教えたくないのが実情だと思っている」とばっさり切り捨てる。ノウハウを短期間で伝えると職人の希少性が低下し、ライバルが増えてしまうという懸念が背景にあるのだろう。佐川氏は、「今の若い世代に長い下積みを求めてもついてこない。ノウハウを(短い期間で)公開することにまったく抵抗はない」と語る。

近年、育成を妨げている要因として目立ち始めたのが、職人の「引き抜き」だ。日本の職人の収入は、若手で月給20万円ほど。客前で握れる職人で35万~40万円、一流になると45万~50万円以上というイメージだ。一方で円安効果とすしブームが追い風になり、海外では年収1000万円を超えるケースも少なくないとされ、職人への転身希望者は増えている。  店舗増に職人養成が追いつかなければ、業界全体の質が落ち、すしブランドが傷つきかねない。海外では、「店舗の質は正直ピンキリ。おまかせとうたっているが、質が低いところはある」(タイですし店を経営する男性)。アカデミーは修了者向けの資格創設や、腕を競う大会を開くなどして、未熟な職人を駆逐しようと狙っている。

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