認知症原因たんぱく質を掃除する「しっかり睡眠」(えんがわ劇場 第203号)

一般に睡眠障害は、布団に入ってからの寝つきが悪い「入眠障害」、夜中に何度も目が覚めて眠れなくなってしまう「中途覚醒」、起床予定時刻よりもかなり早く目が覚めてしまう「早朝覚醒」、睡眠時間は十分なはずなのに眠気が抜けない「熟眠障害」の4種類に分けられます。この中で最も訴えが多いと言われているのが中途覚醒です。

中途覚醒は睡眠が中断されてしまうわけですから、本人にとっては極めて不快なのは当然ですが、不快さ以上に睡眠が担う重要な脳内の清掃機能を停止させてしまう可能性があります。そもそも人の体内では細胞と細胞の隙間(すきま)を満たすリンパ液に細胞からの老廃物が排出され、そのリンパ液がリンパ管を通って血液に流れ込み、老廃物を処理するという機能があります。脳は独自に脳脊髄(せきずい)液が脳内を循環して老廃物排出を行っていることが分かっていましたが、脳内は神経細胞と、「グリア細胞」と称されるその他の細胞、そして血管などが密に詰まっているため、老廃物の排出の流れはそれほど活発ではないと思われてきました。ところが、2013年に米国のロチェスター大学医療センターのマイケン・ネーデルガード氏が、マウスの実験に基づいて「睡眠中に独特の仕組みで脳の清掃機能が活発化する」という研究結果を「サイエンス」に発表しました。

ネーデルガード氏らは、この清掃機能を「グリンパティック・システム」と名付けました。研究では睡眠中に、脳細胞の一種である「グリア細胞」が縮小して、脳内での細胞間の隙間が大きくなり、そこに脳脊髄液が流れ込みやすくなることで、清掃機能が飛躍的に高くなることがわかりました。しかも、この清掃機能は、脳内に蓄積することで神経細胞を死滅させてアルツハイマー型認知症を引き起こす「アミロイドβ」と呼ばれるたんぱく質を洗い流していることが分かったのです。つまり中途覚醒による睡眠障害が慢性化すれば、アミロイドβの蓄積が進み、アルツハイマー型認知症の発症リスクが高まるのではないかと考えられます。もちろん入眠障害や早朝覚醒でも睡眠時間の短縮は起こり得ますが、中途覚醒は睡眠が中断され、その後眠れなくなる症状のため、睡眠時間の短縮がより顕著な傾向があります。そのため脳の清掃機能にも影響が及びやすく、この状態を改善することが何よりも重要です。

ではどうすればよいかですが、睡眠障害の方に安易に睡眠薬を処方しがちな面は否めません。しかも、一度睡眠薬を処方し始めると、入眠しやすくなることなどもあってか、睡眠障害が改善している可能性があっても睡眠薬の服用を半ば漫然と続けてしまう傾向があります。睡眠薬の常用は副作用のふらつきなどが発生頻度を高めます。筋力が落ちている高齢者などでは、このふらつきが原因で転倒・骨折などを起こして日常生活に大きな支障をきたすことさえあります。

睡眠障害の治療で本来まず行うべきことは日常の生活習慣の改善です。そもそも睡眠とは日中の心身の活動による疲労を回復するためのもの。睡眠障害を訴える方は往々にしてこの日中の心身の活動性が低い傾向があります。つまり、まず取り組むべきは日中の活動性を高めることです。

例えば毎日自転車で買い物に行く人ならばそれを1日おきに徒歩にする、電車通勤の方は週1回だけ帰宅時に1駅分だけ歩くなどを習慣化させることが無難です。また、脳を使うことも快適な睡眠を得るためには必要な行動です。毎日1時間テレビを見ている人ならば、そのうち5分だけ読書に当てるというのも良いでしょう。  生活習慣の改善というと、大きな一歩を踏み出すか、意識していながら何もしないのか、両極端な行動になりがちです。しかし、それまで長らく続いた生活習慣を変えるというのはかなり労力のいることなので、まずは小さく始めてみましょう。

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