本人の意向と家族の意向 近い未来への道標(えんがわ劇場 第201号)

介護職が高齢者のサポートをする際に、最初に行うのは「本人の意向」を確認します。本人の意向を確認する、というのは、「長く歩けなくなったので買い物に行くのがつらい」とか、「腰が痛くて洗濯物が干せないのでやってほしい」というような当面の困りごとについての要望を聞くだけではありません。

こうした老いに伴う「治らない」症状や困りごとを持った状態で、この先どう暮らしていきたいか、その具体的なイメージを把握する工程です。もちろん、初めて会った人に「あなたの望みは何ですか」と聞かれて即答できる方はなかなかいません。ましてや、介護を頼むほどの困りごとがある方です。その困りごとについては即答できても、その先でこれからどう暮らしたいかということまでイメージするのは難しいでしょう。

そのため、漠然と質問するのではなく、今の状態になる前に普通に行っていた習慣や好んでいた行動、担っていた役割などを具体的に聞いていきながら、少しずつ今後の意向を引き出していきます。 「これまでの人生」に関する質問を通じて、それぞれの方にとっての望ましい暮らしがどんなものなのかを共有することが、サポートをする際の最初の工程になります。

最初に本人の意向を確認する理由は、2つあります。

1つは、効率的・効果的にサポートするためです。

老いに伴って増えていく困りごとをただ解消しようとして、本人ができることまで周りの人が行ってしまうと、どんどんできないことが増えてしまいます。結果として寝たきりの状態になるのが早まるかもしれません。

至れり尽くせりで何でも周りの人がやってくれた結果、本人は寝たきりになってしまう、というと極端に思われるかもしれません。ですが、これはほんの数十年前まで日本中の病院や施設、自宅の中で実際に起こっていた話です。これではせっかくのサポートが逆効果になってしまいます。本人がどう暮らしたいのかを踏まえて、今できることや改善できることと「治らない」部分を分けて、できることを減らさないように最小限のサポートを行うことが、サポートの効果を高めることになります。

2つ目はその効果を継続させるためです。

例えば、足腰の機能を保つために運動を行う場合を考えてみましょう。若い人でも健康のためだけに運動を続けることはなかなかできません。

年を取ってただでさえ疲れやすい人が、意欲的に運動を続けるのは大変なことです。しかも、一時的な回復はあるとはいえ、基本的には効果が目に見えるほどの筋力の向上は見込めません。続けていくには強いモチベーションが必要です。ただ、「筋力維持のために歩行訓練をする」のではなく、本人の意向に沿って「半年後の孫の結婚式に車いすを使わず出席するために、20分程度の自立歩行ができるよう訓練をする」というような明確な目標があった方が、意欲的に取り組むことができるのは間違いありません。

実は、要介護になった方をケアする際に周囲が苦労するのは、この本人の意欲を引き出すことです。本人がなかなか話してくれないこともありますし、急に介護が始まった場合や認知症の人の場合など、本人から意向を聞き出せない場合もあります。そういった際に情報源となるのは家族だけという場合がほとんどです。家族が「親の人生」についての情報を持っているか、本人に確認したことがあるか、がその後の介護方針を大きく左右する可能性があります。しかし、多くの家族は高齢の親の意向を確かめたことがない状態で、介護を迎えています。 また、年齢や身体状況から判断して数年以内に介護が始まる可能性が高い人であっても、8割が、介護される方の望む介護を知らないと答えています

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