この国はどこへ コロナの時代に「旅先作家」浅田次郎さん(えんがわ劇場 第200号)

「コロナの支援策として、医療関係者への慰労金や暮らし向きが厳しくなった人への支援金を出すというのなら話は分かります。でも、GoToで遊びに行く人にその代金の一部を渡すというのはどう考えてもおかしい。物事の原理を考えるたちの私からすると、不自然に思えますし、不自然なことには往々にして裏がある。つまり、何だか気持ち悪いから使わないということです」浅田さんは言った。「GoToで感染者が増えたかどうかは、表面的な問題です。大切なのは、このキャンペーンで『もう出掛けても心配ない』という社会の空気を作ってしまったこと。ちっとも大丈夫ではないのに、根拠もなく大丈夫という気持ちにさせてしまったことが一番の罪だと思います。そこで緩んだ気持ちは元に戻らない。今年に入り緊急事態宣言が再発令されても、街中には人がたくさん出ているでしょ?」確かに、強い対策が求められているはずの首都の混雑を見ても、小池百合子東京都知事が再び発した「ステイホーム」の大号令に都民一丸となって応じているとは言いがたい。東京で生まれ育った浅田さんには、都心の街頭風景に思うところがある。「考えすぎかもしれませんが、街から人が減らない理由は郷土意識が希薄だからではないでしょうか。

浅田さんはできる限り、家から出ないし、人とも会わない。「自宅には家内がいるだけで、独立している子供は出入り禁止。完全に孤立状態ですね」。籠城(ろうじょう)生活を決め込む理由は、年齢に注意が必要なだけでなく、基礎疾患や喫煙歴もある。「一般的に69歳は高齢者ですし、狭心症で冠状動脈に2本のステントが入っています。数年前に禁煙するまで50年間の喫煙歴があり、煙にまみれた肺が回復しているとは思えません」

「今、確認すべきは我々世代が享受してきた幸福です。これほどの平穏無事に恵まれて生きてこられたことに、少なくとも私は、コロナが流行して初めて気付きました。果たして世界のどこに、70年余という間、のうのうとして生きてこられた人間がいたでしょうか」。そう問いかける浅田さんは、戦後76年の今を意識する。

「人それぞれに貧乏したとか病気を患ったとか、個人的な苦労はあります。でも、私たちが生きてきた時代を思い返してみてください。日本では大きな自然災害があったにせよ、飢餓も疫病も戦争もなかった。社会的苦悩から免れてきたというだけで大変なことです」

一方、政府のコロナ対応については、平穏どころか危うさを感じている。感染対策と経済活動を両立させるため、政府が掲げてきたのが「命と経済の選択」だった。「決して人の命と経済をはかりにかけてはいけません。それは戦争の論理ですから。歴史から学んでいれば、そうした考え方をするはずはない。つまり、日本はたまたま戦争しなかっただけ。上っ面の平和主義しかなかったということになります」。

まずは日本人の本質や自らの境遇を確かめ、コロナを過去のものとするよう努力すべきだと提言する。「あの豊かで幸せな時代を我が手にもう一度、という強い意志がコロナに打ち勝つ力になるのではないでしょうか。ウィズコロナという言葉がありますが、私はウイルスと共存していくという考え方を好みません。それが現実だとしても、感染を根絶やしにするという気概で臨まないと、コロナを昔話にはできない」  その気構えをどう行動に移すか。第3波の感染者が減少してきた今だからこそ、その自覚が問われる。「もうどうなってもいいやと投げやりになり、感染が増えても仕方ないなどと考えたらおしまいです。一般国民にはワクチンを作る技術も、患者を治療する知識もない。だから、きちんと自身を管理し、従順にお定めに従うことも大切です。それしか、私たちにできることはありませんから」

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