Mさん(76歳・男性)は、現役時代は大学で教授として働いていました。73歳の時、自宅で脳梗塞を起こし、救急搬送されましたが、発見が遅れたため、後遺症として右半身まひや脳血管性認知症、失語症が残りました。車椅子生活になり、自由に動き回ることができなくなっただけでなく、失語症などのために、人とのコミュニケーションが難しくなってしまいました。
要介護認定の申請をしたところ、Mさんは「要介護4」と判定されました。
Mさんの妻は、突然の出来事に戸惑いを隠せずにいました。
Mさんは、こちらが伝えていることは理解できました。「どっちを食べる?」という質問(開いた質問)には答えられませんが、「パンにする?」というような、はい/いいえで答えられる質問(閉じた質問)には、うなずきや首振りで答えることができる状況でした。
そのため、妻は介護をする上で、Mさんの意思を確認できることもありましたが、やはり自由にしゃべれなくなってしまったことをとても残念に思っていました。
妻としては、Mさんに少しでも元気になってほしいという思いから、自宅でのリハビリに力を入れていました。体の動きが良くなるようなリハビリだけでなく、話す力の回復を信じて言葉のリハビリも行っていました。
自宅での生活も3年を超えた頃、風邪をこじらせて十分に食べられなくなり、肺炎で入院せざるを得なくなりました。
入院は約1カ月にわたりましたが、病院でもリハビリは続けていました。おかげで、体の動きが悪くなることもなく、入院前と変わらない身体状況で退院することができました。
退院後の自宅での過ごし方を話し合う「退院前カンファレンス」で、妻から「入院前と同じようにリハビリを続けてほしい」との要望があったため、在宅介護のチームはその準備をして退院を待っていました。
無事に退院したMさんですが、リハビリに訪れたスタッフがちょっとした異変に気づきました。
筋力や関節の動く範囲などは変わらなかったのですが、「こちらの声かけに対する反応が鈍い」と感じたのです。何度か伝えれば伝わるので、少し疲れているのかもしれないと思って様子を見ることにしました。
しかし、次のリハビリの時も、やはり反応が鈍いと感じたので、妻に尋ねたところ、妻も「退院してきてから、いままでだったら通じていたコミュニケーションが通じないのよ。認知症が進んだのかしら……」と心配をしていました。
ただし、Mさんは脳血管性認知症なので、もう一度脳梗塞を発症するなどのきっかけがなければ、急激に認知症が進行するということはないと考えられています。スタッフは「脳梗塞再発の兆候は見られないですし、なぜなんでしょうね……」と不思議がっていました。すると、なんともあっけない形で真相が明らかになりました。
なんと、「耳あかがたまりすぎていた」ことが原因だったのです。耳掃除をしたら大きな塊がぼろっと出てきて、その後は、声かけへの反応が退院前と変わらない状態に戻ったそうです。これには妻も「そんなことだったのね。見落としていたわ」と大笑い。原因が認知症の進行ではなかったとわかっただけで、ホッとしたのかもしれません。
でも、よくよく考えると、「耳あか」は聞こえにくさの原因になるわけですから、最初に疑ってもよさそうなことです。仮にMさんに認知症がなければ、最初に「耳あか」に注目できたかもしれません。今回は過去に同じように耳あかのせいで聞こえにくくなっていた人がいたという経験があったので、気づけました。
認知症のある人が忘れないように張り紙をしても、目が悪くて見えていない、ということもあるかもしれません。
また、声をかけても、話す人の声のトーンが高くて聞き取りにくい、ということもあるかもしれません。
なんでもかんでも認知症のせいにしてしまわず、それ以外の原因の可能性にも目を向けられる人が一人でも多く増えてほしいと願っています。
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